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吉祥寺の鈴木と申しますが…

このタイトル何かといいますと、かなり前に電話のセールスで、(昔の言葉で言えば高利貸し)町キンのようなところから、電話が掛かってきまして、断るのが面倒だったので、「とりあえず、資料送ってください、検討してみます」といって電話を切ったんです。
たしか当時の名前で”中公ファンド”とかいったような記憶があります。もしかするとご記憶にある方もいらっしゃるでしょうが、かなりアクドイことをやっていたらしく、被害者がたくさんいて社会問題に発展し、ここと、ここの姉妹会社のような、金貸し屋さんの社長が、2人逮捕されたような記憶があります。でもその後も、会社はなくなってないんですね。その事件の後も、平気で何回も電話がありましたし、僕が居留守を使うようになると、それまでは「中公ファンドの鈴木と申しますが…」といっていたのに、ある日を境に「吉祥寺の鈴木と申しますが…」というようになったんです(^-^;...

当然その人の声ということが、判ってますので、不在を言い続けていたんです。それから2年くらいはパッタリ電話も無かったんですが、ココ最近またかかってくるようになりまして、今度は「立川のSFG●の鈴木と申しますが…」って(^-^;...
オイオイ社名変えて移転したんかって思わず突っ込みたくなります。当然強烈に記憶に残ってますので、不在の一点張りです。そういえばこの前ニュースになっていた事件で、お年寄りの住宅に押しかけて、フザケタ改築工事をして、暴利をむさぼっていた会社も、今まで何回も摘発されているにも関わらず、社名を変えたり、移転をしたりで、また同じダマシをしていたという話ですよね。こういうのって業種が違っても、なくならないものなんですかね。もっと別なことに、エネルギー使えといつも思いますが…だって楽して儲けようと思っているのでしょうが、その代償は高くつきますよ。それに儲かったところで決して楽しくはないですよ。どっかやましいところを持ちながら、日陰者の人生を歩むことになります。

こういう勧誘のセールスや、店舗に直接来るセールスとかって、皆様はどう対処するんでしょうか?特にたち悪いのは、店舗や自宅に来る訪問セールスです。自宅の場合はまだいいです。が店舗の場合は、お客様がいるのを承知で、えんえんと説明を続けるやつがいるじゃないですか。あれが一番許せません。逆効果だと思います。そりゃ契約取りたいのはわかりますけど、上司はどういう教育をしているのか?会社の方針かもしれませんが、本当に理解不能です。

セールスは店の敵です。いってみりゃ営業妨害ですから。本当余計なことでストレス溜まりますね。








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涅槃

kurt
kurt1

ねはんと読みます。若い方はご存じないでしょうが、昔俳優の沖雅也さんが飛び降り自殺をしたときの遺書に「おやじ、涅槃で待つ」という一節がありました。涅槃というのは、死んだ後に、三途の川を渡ってあの世とやらに行くとされてますよね。その渡し舟を待つ場所…つまり河原のようなとこだと思います。
この涅槃を英訳すると、ニルヴァーナという単語になります。

いわずと知れた、90年代のロックシーンを語る上で、なくてはならないバンドです。グランジブームの立役者といっても過言ではありません。その中でも強烈なカリスマはカート・コバーンでしょう。たいていの場合、こういうカリスマ性を持った人というのは、不幸な幼少時代をすごしていることが多いですが、カートもその例外に漏れず、6歳の時に両親が離婚、やがて母親は再婚し、その家に同居します。間もなく再婚相手の浮気が発覚し、ライフルで射殺しようとするのですが、使い方がわからず未遂に終わる。このライフルを売って初めてアンプを買ったそうです。そしてハイスクールをドロップアウト…要するにグレていったわけです。小さい頃は絵を描いたりして過ごすのが好きな子供だったようです。
ニルヴァーナというバンド名もその後のカートの運命を暗示しているような名前です。偶然ではないでしょう。

3人で組んだバンドも最初は、都市2~3箇所でギグをやり、ギャラは2~3千ドル、それを3人で折半するような生活だったようです。やがてアルバム「NEVERMIND」が爆発的なヒットになり、続く「IN UTERO」もヒット。この頃から、カートは成功とは裏腹に、どこか音楽に対し冷めていったようです。そしてそんな自分に悩み、やがてドラッグへと逃げ場を求めていきます。俗に言うキングオブドラッグ…ヘロインです。妻のコートニーも同様にヘロイン中毒。こうなってしまうとそんな簡単に止められるものではありません。
コートニーの妊娠をきっかけに、一時は夫婦で、プログラムに通い、薬を断ったようですが、やがてまた染まっていくカート。周りに状況が揃ってたんでしょうね。
この頃のカートの言葉です。
「僕の一番の罪は本気で、音楽を愛せなくなってしまったということなんだ。」
つまり、そんな精神状態ではアルバムも作れないし、ライブもできない。集まってくれたお客さん、ファンに対し、申し訳ないという気持ちがあったようです。根が真面目で潔癖な彼は、そんな自分を許せなかったようです。
やがて自宅で自分の口に銃口を咥え、引き金を引いた。

ニルヴァーナもカートも大好きですが、カートがぶつかった壁というか、挫折感のようなものって誰しも経験するものだと思うんです。つまりその挫折感から、逃げてしまったんですね。
輪廻転生を信じてる方がいらっしゃいましたら、悪いことはいいません。こういう弱点を自分の中に見つけたら、その瞬間から、直す努力をしていかないと、来世もそのまた来世も、あるいは今生かもしれませんが…同じようなシチュエーションの中で、同じように苦しい思いを、気づくまで永遠にすることになりますので、自分のマインドを変えることです。その苦しいステップを克服することで、次のステップに行ける訳ですから…

恐らくカートほどの存在になるとそのプレッシャーも相当なものだったにちがいありません。大いなるパワーには大いなる責任がともないます。でもそれを解決することが、カートの人生にとって、大きな意味を持っていたということは言うまでもありません。
矛盾していますが、そんな逃げてしまった人生を送ったカートを、生粋のロッカー人生を歩んだ人として、余計にいとおしく感じ、死後も尚、絶大な、支持を受け続けているのはそれが最大の理由でしょう。かくいう僕もそのうちの一人ですが…潔癖で真面目、ガラスのようなハート、それこそが最大の魅力になっているのは、本当に皮肉、人生って…人ってなんだろう…


「僕の一番の罪は本気で、音楽を愛せなくなってしまったということなんだ。」

--------------------------------------------------------------------KURT KOBAIN


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憑依

タイトルどおり、お彼岸らしく心霊体験談ですが、はっきりいって恐くはない話です。

昔、学生時代、大学の寮が、山梨だったんですが(一年間)、でも留年したので2年いました(^-^;...その2年目って、異常にヒマなんです。なんせ授業は去年と変わらない内容ですから、試験資料もすべて揃ってます。人間ヒマになると、ロクなこと考えません。山梨はご存知の通り、アオキが原の樹海をはじめとして、多数心霊スポットがあります。夜中に悪友5~6人でクルマで、心霊写真撮影ツアーをやったんです。今は決してこんなバカはやりませんよ。ヘタすると命に関わりますから。そして富士五湖を始めとして氷穴や風穴にも行き、さんざん写真を撮ったんです。
なんの事故も無く、寮に帰ってきて、その翌日か、2~3日あとくらいでしょうか。虫歯が痛むことなど、中学生以来のことですが、奥歯が痛いんです。仕方なく山梨の、歯医者さんに行って、処置をしてもらったんですが、直らない。ヤブで別の歯を処置していたようです。その翌日くらいから耐えられないほどの痛みがずーっと続き、週末実家に帰省したころは、顔の形が変わるほど腫れてました。熱も40度くらいはありました。地元の歯医者さんの処置でようやくおさまったんですが。そして歯が治ったと思ったら、今度は下半身がムズムズするんです。うまく言えませんが、変な感触です。しばらくするとおしっこがピンク色に…血が混じってるんですよ。仕方なく父親に症状を電話で話すと(父は生前開業医でした)、「それは膀胱炎だろう、抗生剤送ってやるからそれ飲めば直るよ」、飲み始めてから2~3日で治りました。その後今度は、なんか太陽が眩しく感じられて、目を開けられない。無理やり目を開けると、眩しい上に妙に目が痛く、涙がポロポロ…その当時、僕はソフトコンタクトを常用していました。メガネですと眩しくもなく、平気なんですね。仕方なく今度は眼科へ行くと、「あー、角膜の中に目の毛細血管が入り込んでるね。暫くはメガネで過ごして、今度は時期見てハードだね。」

こんなことが立て続けに一ヶ月くらいの間に起こったんです。
そして肝心の写真の現像ができてきて、見てみると当時は全く判別がつかず、「なんだ一枚も撮れてないじゃん」という結果だったんです。でもなんかこの時のことがずっとひっかかっていた僕は、この前、実家に帰った時に引っ張り出して、見てみたんですよ…そうしたら、それとはっきりわかる写真が一枚だけ。霊体ではないんですが、光です、赤の…背景から言って、恐らく西湖のような気がします。多分もっと詳しく見れば、他にもあると思いますが…

最近になってそのことを、ある霊能者の掲示板で質問したんです。その当時は、間違いなく食らってたと思うよ…と軽くいわれました

今考えれば本当にバカなことをしました。そりゃ冷やかしで、そんなとこ行けば、霊だって怒りますよ。向こうはそっとしておいて欲しいか、供養して欲しいか、どちらかですから。もう2度とあんなことはしません。逆に申し訳ない気持ちでいっぱいですから。
くれぐれもそんな場所には近づいてはいけません。君子あやうきに近寄らず…です。

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ヒーロー

bruceflex
brucfar
誰にとっても、永遠のヒーローは存在するものです。僕にとってのそれは、間違いなくブルース・リーです。

僕は、古い時代をさかのぼれば、小学生の頃に、当時、雑誌の裏に掲載されていた、怪しい通販のページで、空手の通信教育書を購入し、家の庭に、巻き藁をたてて、拳を鍛え始めたのが始まりです。その後も空手を習いたいという気持ちはおさまらず、中学に入ると、地元の空手道場に、通ったりもしましたが、いずれも、中途半端な終わり方をしたがために、結局高校に入学すると、空手部に所属し、黒帯まで行きました。

これだけ情熱を燃やしたのは、当時スポ根アニメの流行もあって、故大山倍達氏の自伝的なアニメ、”空手バカ一代”の影響もあったのですが…要するにあの非人間的な、能力に惹かれていったわけです。誰もなしえなかった自然石割り、そして闘牛との一騎打ちなど…一見ばかげたことかもしれませんが、その超人的な能力に惹かれていったわけです。

そして暫く経って映画小僧になった僕は、ブルースの日本上映では1作目となる”燃えよドラゴン”をロードショーで初めて見て、ものすごいカルチャーショックを受けました。映画が終わって場内が明るくなっても、暫く席から立てませんでした。つまりそれぐらいのパワーをあの映画に感じたのです。そしてあの当時誰もがそうなったように、ヌンチャクを買い、振り回して喜んでいました。でも、皮肉なことに、”燃えよドラゴン”が公開された時には、ブルースはもうこの世を去っていたんです。その後の大成功を知ることも無く…
そして、映画への熱が、落ち着いてきた頃に、知ったことなんですが、ブルースは自ら考案した截拳道に、日本的な武道や、仏教の教えに通じるものを組み入れていることを知りました。截拳道の極意は「水のように形を無くそう。水はコップに入るとコップの形になりティーポットに入るとティーポットの形になる。水は流れて相手を飲み込んだり破壊したり出来る。友よ、水になりなさい…」

そして僕も好きな言葉、”燃えよドラゴンの冒頭で間抜けな顔をした弟子に、手ほどきをするシーンで、弟子に教えを言い伝えるあのシーンの言葉、
「Don't think, feel !
It is like a finger pointing a way to the moon
Don't concentrate on the finger or you will miss all that heavenly groly.
Do you understand?
Never take your eyes off your opponent
Even when you bow」

考えるな。 感じるんだ。

 それは、いわば、「月」を、指差すのと同じだ。
  「指」に意識を奪われないようにしなさい。

 さもないと、おまえは、その先にある
   あの美しい(月の)輝きを、見失ってしまうだろう・・・

直訳するとこうなるわけですが、実はこのシーンはタイに古くから伝わる「ブッダの教え」をモデルにしているらしいのです。
一般的な解釈としては、目先の技にとらわれず、全体を感じるんだという意味になりますが、もっと深遠な意味があり、

「指」は目に見える「陰陽」の相対世界、つまり「物質世界」を、象徴している。

そして、指の背後で、「美しく輝く月」は、「陰陽」を統一した本質的な世界。

つまりタイチー(太極)を、表現している。

それを考えた上で、もう一度翻訳すると、

目に見える技(指)に、意識を奪われるな。

さもないと、この物質世界(陰陽)の背後に隠された本質的なもの、タイチー(太極)を、直感で感じとれなくなる。

だから敵に相対したときは、目に見える技にではなく、おまえ自身の心の奥に、意識を集中させなさい。

さすれば、物事は、万事うまくいくだろう・・・

こんな深遠な意味が隠されているのは、当時は知る由も無かったわけですが、ブルースは私生活でも、トレーニング以外に瞑想を実施することなど、メンタルな部分のトレーニングも重視していたようです。さすがワシントン州立大学哲学科です。死後32年経ちますが、当初は当然ブルースの持つ肉体的な技の部分に惹かれ、ファンになりましたが、その後はそのメンタルな部分に惹かれ、よりいっそう好きになりました。

単なるアクションスターであったら、ここまで人気を継続できたか?できなかったでしょうね。

ブルースの残した言葉で、こうなりたいと思える一節です。

私は船に横たわって、タオ(道)と一体になった自分を感じた。
  自然と融合した人間になったのだ。

 ・・・そういう私の心には、いかなる葛藤も無かった。 

   私にとって全世界が一つになっていたのだ・・・

            ─────ブルース・リー


*専門的記述に関しましては、引用をお許しください。














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GPZ900R

gpz
バイクの車検はユーザー車検と決めていました。gpzには6年間乗りまして、3回車検を受けました。

やはりいいバイクです、最近また乗りたくなっていますデザインはめちゃくちゃかっこいいですが、やはりあの角っぽさは昭和かと…

いつものルートを使い、右折すると交差点を曲がったところに警官が立ってます。ココに停めて、という指示通り、バイクを停めると(なにもしていないと思ってますから)、「運転手さんね、ここは右折禁止なの知ってました?」「いえ全く気づきませんでした」「2箇所に看板出てるんだけどね」「いやこれから車検に行くところで、時間が無いんですよ」15分くらい押し問答した上、1時に戻ってくると約束し、やっと解放されました。陸運局に行き、すぐに直近の、工場へ、ヘッドライトの光軸設定に行くと「オートバイ?本社行ってくれる」と言われ、道順を聞き、工場に行くと、4台ほど順番待ってる、バイクとクルマが…これ見た瞬間、午前中の車検は諦めました。

光軸設定を終え、試験場に戻る途中、すんげえ勢いで抜いていくTT-Rがいました。書類を作成して、することもなく、ベンチで一服してると、横に、座る人がいました。「あー、これで一時間待ちかぁ」しばらくすると「交代で昼休み取ってくれればいいのにね」と話しかけてきました。見ると白髪交じりの長髪を束ね、髭面の50がらみの男です。内心、さっきのTT-R乗りということはわかってました。「お役所仕事ですから」そういい、笑うと、「いや、さっき車の後ろで、悠然と止まってたから、なんでだろう、と思ってたんだけどさ」と屈託の無い顔で、笑います。「いやもうあの時点で、午前中の検査は諦めてましたから」この男も、僕のことは覚えていたようです。どうやらバイク屋でバイトをしているらしいのですが、「一ヶ月働いて、10万もらえないんだぜ」といいます。以前は自衛隊にいたこともあるらしいのですが、一体どういう生活をしているのかのぞいてみたくなるような、不思議な人です。半ヒッピーのような生活を送ってきたのでしょう。
これから先の展望や、安定などという事柄からは、かけ離れている感じです。それでもなんか楽しそうな、妙なオーラを発するその人と会う必然性が恐らくなにかあったんでしょう。休憩が終わり、帰り際に「お疲れ様でした」そういい別れました。

帰り際に、さっきの警官との約束思い出しましたが、もうすでに1:30になってました…お巡りさんすみませんでした。










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アップルの創設者 スティーブ・ジョブス

02
ブログやEメールで膨大に拡がった(らしい)アップルコンピュータの創設者、スティーブ・ジョブスの超有名なスピーチをご紹介します。まだ知らない方のために。

ところで、ジョブスは会社を興す前に、インドを放浪したことがあるのを、ご存知でしょうか。そこで彼はお気に入りの、場所を見つけ、毎日瞑想にふけっていたらしいです。そのお気に入りの場所というのは、一本のリンゴの木の下…そう、勘のいいかたはもうお気づきでしょう。そこから社名をアップルにしたという逸話があります。
多分に自分の内面を見つめるのが好きな彼は、精神世界(ニューエイジ的)的なものの見方、考え方をする人のようで、一見すると、当たり前のスピーチに見えますが、その辺の裏事情を考えながら、お読みいただくと、いっそう深い意味を持ったスピーチとして、ズシリと響く何かが見えると思います。彼の死生観、企業家マインドそのすべての根底に流れる何か…です。

それでは卒業祝賀スピーチをお読みください。

ジョブズの卒業祝賀スピーチ
2005年6月12日、スタンフォード大学
原文URL:
http://slashdot.org/comments.pl?sid=152625&cid=12810404

 PART 1 BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。

 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。
 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

               ◆◇◆

 PART 2 COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。

 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。


 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。


 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

               ◆◇◆

 PART 3 CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。

 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。


 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。


 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかっ
た。そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

               ◆◇◆

 PART 4 FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。


 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。

 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。


 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。

 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。


 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。


 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と
同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

               ◆◇◆

 PART 5 ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。

 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。
そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。

 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

               ◆◇◆

PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。

 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。

 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。


 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。


 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。


 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうこ
とになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

               ◆◇◆

 PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。

 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。


The Stanford University Commencement address by
Steve Jobs
CEO, Apple Computer
CEO, Pixar Animation Studios

スタンフォード公式URL&録画映像
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/videos/51.html
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

translated texts here are copyrighted to the translator,
**satomi ichimura
初出 メルマガ「とむさとうからのメール」
http://blog.livedoor.jp/tomsatotechnology/


犬の無駄吠え、無駄噛み、さようなら。

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数年前に亡くなった、精神科医でもあり、世界的に有名なエリザベス・キュブラー・ロス博士が残した名著のひとつといわれる、「人生は廻る輪のように」のなかに、考えるべき一説があります。死と死の瞬間という分野を開拓した功労者であり、彼女は、1999年タイム誌が選んだ20世紀最大の哲学者・思索者100人のうちの一人でもありました。今日はそれをご紹介します。

『学ぶために地球に送られてきたわたしたちが、学びのテストに合格したとき、卒業がゆるされる。未来の蝶をつつんでいるさなぎのように、たましいを閉じこめている肉体をぬぎ捨てることがゆるされ、ときがくると、わたしたちはたましいを解きつ。そうなったら、痛みも、恐れも、心配もなくなり・・・・・美しい蝶のように自由に飛翔して、神の家に帰っていく・・・・・・そこではけっしてひとりになることはなく、わたしたちは成長をつづけ、歌い、踊る。愛した人たちのそばにいつもいて、想像を絶するほどの大きな愛につつまれて暮らす。
 幸運にめぐまれれば、わたしは、もう地球にもどつてきて学びなおす必要のないレベルに到達するかもしれないが、悲しいことに、永遠の別れを告げようとしているこの世界にたいしてだけは不安を感じている。
 地球全体が苦しみにあえいでいる。地球が生まれてからこのかた、いまほど衰弱した時期はない。あまりにも無思慮な搾取によって、地球は長いあいだ虐待されてきた。』

 『間もなく地球がこの悪行を正す時期がくると、わたしは信じている。人類の所業に報いる大地震、洪水、火山の噴火など、かつてない規模の自然災害が起こるだろう。わたしにはそれがみえる。わが亡霊たちからも、聖書に描かれているような規模の大異変が起こると聞いている。それ以外に、人びとが目ざめる方法はないのか?自然をうやまうことを説き、霊性の必要性を説くためにとはいえ、ほかに道はないのか?

 目には未来の光景が映っているが、わたしのこころはあとに残していく人たちに向けられている。どうか、恐れないでほしい。死が存在しないことを想起さえすれば、恐れる理由はなにもない。恐れることなく自己をみつめ、自己について知ってほしい。そして、いのちを、やりがいのある課題だとみなしてほしい。もっとも困難な選択が最高の選択であり、正義と共鳴し、力と神への洞察をもたらす選択なのだ。』

 『人生に起こるすべての苦難、すべての悪夢、神がくだした罰のようにみえるすべての試練は、実際には神からの贈り物である。それらは成長の機会であり、成長こそがいのちのただひとつの目的なのだ。
 まず自分を癒さなければ世界を癒すことはできない。準備がととのい、それを恐れさえしなければ、その人は自力で霊的体験をすることができる。グルやパパに教わる必要はない。わたしが神と呼ぶ、その同じ本源から生まれたわたしたちはだれでも、神性を賦与されている。
 自己の不死性にたいする知識は、その神性から生まれる。自然に死ぬまで生きなければならない。ひとりで死んでいく人はいない。だれもが想像をこえるほど大きなものに愛されている。だれもが祝福され、みちびかれている。

 人は自分がしたいと思うことしかしない。それを知ることが重要だ。たとえ貧しくても、飢えていても、粗末な家に住んでいても、十全に生きることはできる。地球に生まれてきた者の使命さえはたしていれば、この世で最後の日にも、自己の人生を祝福することができる。
 いちばんむずかしいのは無条件の愛を身につけることだ。死は怖くない。死は人生でもっともすばらしい経験にもなりうる。そうなるかどうかは、その人がどう生きたかにかかっている。
 死はこの形態のいのちからの、痛みも悩みもない別の存在形態への移行にすぎない。愛があれば、どんなことにも耐えられる。どうかもっと多くの人に、もっと多くの愛をあたえようとこころがけてほしい。それがわたしの願いだ。永遠に生きるのは愛だけなのだから。』

とっても、シンプルで深遠な文章です。皆様はこの文章から何を感じますか?そして今既に始まっている昨今の異常気象…この先に一体何が待っているというのでしょうか?恐れることは無いといいますが、ちょっと恐い…
地震、天変地異、確実に近い将来、来るでしょう。問題は、その後の、死を迎えるまでの間ですよね。相当悲惨な状態になる気がしてなりません。ノストラダムスの時のように、1999を過ぎても、ほーら何も無かったジャンっていうのを期待する自分がどこかにいます。まだまだ執着は残っているようですね。

ある意味開き直りが必要です。覚悟して一日一日を大切に過ごしていくつもりです。そのうち気がついたら、寿命がきて死んじゃった、ていうのを望みながら…

目いっぱい行きましょう、それだけです。














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無理しよう

一体何を?って思いますよね。ファッションの話です。先日知人でもあるのオリーブのデザイナーと雑談のような商談のような…を小一時間程しているときに、「大体さ、無理して着るからファッションなんだよね」という話がありまして…そうなんですよね。当たり前のように見えるものを楽に着てる、というのは、ある意味ファッション…つまりおしゃれをする行為からは、かけ離れていることなんですよね。どういう方向で無理していくかは、その着るものにもよりますが…

例えば今の流れから言えば、タイトなサイズのものを無理して着る行為…そしてシルエットをキレイに見せる。これもファッションです。またその全く逆のつい最近までの流れだった、オーバーサイズのものを、ダブダブにルーズに着る、これもファッションだったと思います。つまり消費者側が、無理して(ある意味気合を入れて)服を着ることによって、そこにニーズが生まれるんですね。なぜならそれが新しい流れなんです。

傍からみて、どー見ても似合ってないという人いますよ…それでもその人の着ているものが新しい流れなら、やはりそれはファッションなわけで、なぜおかしいかというと、トータルバランスがとれてないからです。つまりファッションに対して発展途上な人なんです。そういう方たちが、一番の購買層だったりするわけです。つまり服の着方のイロハも、わかってないような方たちは、散々試行錯誤して、いろんなものを買いあさり、最終的に自分のスタイルを築きあげていくわけです。

そして見た目非常にオシャレな方は、もう既に、わかってますから、プロが、提案するものをすべて買ってはくれないわけです。このへんにセレクトショップとしてのなんか矛盾がありますね。つまりかっこいいお客様が、買いにくれば、それを見た他のお客様が、足を止め、お店に入る。
でも実際に買ってくれる方は発展途上なお客様です。

そんな話をしている時に、ふと思い出したのが、その昔”SUNDAY BEACH”というサーフ系のショップがファイヤー通りにあったんですが(その後、いまや伝説ともなっている”BOATHOUSE”(現CAPTAIN SANTA)の前身だったショップです)、そこに買い物に行った時に、今社長の下山さんという方がお店にいらっしゃいまして、同じ柄で、ホワイト、スカイブルーの2色のスウェットが並んでいたのですが、僕はスカイブルーが欲しかったんですね。でもサイズがない(当時スカイブルーは大ブレイクしたカラーでした)…そこで悩んでると、「それはホワイトのほうがきれいだよ」「いや、でも汚れますよね」するとニコニコしながら「そんなこといってたら、おしゃれできないよ」…結果的に僕はホワイトを買いました。

他愛も無い会話ですが、僕はこの時の接客をいまだに忘れません。なぜなら、無理してホワイト着なかったら、おしゃれじゃないよ。という言葉がその裏には隠れているからです。ずしりと響く会話でした。
今になって考えれば、ホワイトの在庫を売るためのセールストークだったかもしれません。でもショップは夢を売る場所という概念を、この会話の中から学びました。

その後、青学の裏に小さなBOATHOUSEをオープンした下山さんは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの売れ方を、記録しました。だって、いまや廃刊のFOCUSにBOATHOUSEのスウェットを求め、日本中からお客様がつめかけ、青学を一周する行列を作った写真が載ったんですから…僕はラッキーにも、ブレイク前に、オープンしたばかりのBOATHOUSEでそのスウェットを購入済みでした。

その行列しているお客様一人一人に、下山さん自ら、紙コップにコーヒーを注ぎ、「寒い中、わざわざありがとうございます。」といいながら配った、という話です。この下山さんのマインドが、これだけの行列を作らせた、最たる要因であることは疑いようも無いです。
今の時代に、いくら行列してくれたからといって、こんなことしているドメスブランドの話は聞いたことがありません。その逆にもっとひどい話はいくらでも聞きますが…時代が違うといえばそれまでですが、僕はいつの時代も失ってはいけない精神だと思います。この精神があったから、厳しいアパレルで、下山さんは生き残ってこれた、そう思います。

見習うべきマインド…僕もそうありたいと思います。


秋新作入荷









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BORN TO BE WILD

peter
hopper
janis
jimi


今回のタイトルは、いわずと知れた、映画「EASY RIDER」のタイトルソングですね。実は僕は、この映画を、初めてみたのは、地元のひなびた映画館で、3本立てかなんかで、見たのが最初なんです。それも多分小学生か中学生の年端も行かないころです。
はっきり言って、理解の範疇を超えてました。今でこそ、ドラッグの低年齢化が社旗問題になっているご時世ですが、あの当時、不良はシンナーと相場が決まってました。そういうご時世でしたから、劇中で、ピーターフォンダやデニスホッパー、途中から旅に参加の、ジャックニコルソンが恐る恐る吸っていたものが、マリファナであろうとは知る由もなく、100%タバコを吸っていると、信じて疑いませんでした。

それから月日は流れ、約20年くらい経ったでしょうか。ある日ふと立ち寄った、ビデオ屋さんで、EASY RIDERのタイトルを見つけ、なんとなくですが、もう一度見たい衝動に駆られ、見てみると、これが面白い。
どこがって…当時のアメリカでヒッピーと呼ばれている人たちの扱われかたとか、社会的にはどういう目で見られていたのかとかですね。後から追いかける形で僕なりに時代背景を、勉強してみました。

1969年には、今や伝説ともなっている、ウッドストックというニューヨーク郊外の町に40万人もの人が集まり、コンサートが3日間に渡って行われた。その時人々は、ひょっとすると世界は変わるのでは、と思った。ドラッグをきめ、今までに無い世界が見え、それを表現した。サイケデリックミュージックが全世界的に売れたとき、ロックで精神の革命ができるのではと人々は思った。愛と平和を信じる人々が集まり、自給自足の共同体を作って暮らせば、そのコミューンは理想社会になるのではと、人々は思った。そして思うだけではなくそれを実行したのである。映画「EASY RIDER」は、そうした人々のところを巡る旅の映画である。
しかし映画は、力強くその新しい精神革命をアジテートするわけでも、コミューンの美しさを賛美するわけでもない。コミューンはなにやら薄汚れていて生気はないし、主人公たちがドラッグをきめたところで別に何が起こるわけでもない。精神革命の闘士であるはずの主人公たちは田舎の食堂で、住民から白い目で見られ、飯も食わずに、コソコソと逃げ出すだけである。そしてラストでは虫けらのように撃ち殺されてしまう。

恐らく、明らかに彼らはヒッピーカルチャーの限界と終わりを自覚していた。だからこそ映画を作った。ただあの映画は決してヒッピー批判の映画ではなく、むしろそうした文化の当事者によるヒッピーカルチャーそのものといえる作品である。
余談ですが、フォンダ、ホッパーに限らず、この映画のせりふには脚本らしいものがなく、その場限りのアドリブだったそうだ。もちろん、劇中のヒッピーなども、現地で調達した本物…つまり、リアルなロードムービーだったといえる。

映画に出てくるたそがれた人々、途方にくれた人々ーそれがまさにピーターフォンダであり、デニスホッパーであったのだ。
あの時代、人々はすべて本気だった。本当に違う世界が見えると思って、どこまでもドラッグをきめた。理想社会が作れると思って、共同体を作り、そこで子供を生み育てたのである。それだけに失敗したダメージは巨大であり、多くの人が死んだりもした。

なんかこういうことを考えてみると、当時の大人たちがヒッピーという若者を毛嫌いしていたのとは、裏腹に、彼らとしてはとてもまっすぐな思想の元で、本気で理想的な社会を作ろうと考えていたということがわかり、現在、社会問題になっているドラッグの問題とは、根本的に違うものがありますね。最も異なる点は単なる楽しみでフラフラしていたわけではないというところですね。

製作、主演のピーターフォンダの父親はアメリカを代表する名優ヘンリーフォンダ、姉もまた「バーバレラ」でセクシーアイドルとなった女優のジェーンフォンダ。ピーターフォンダは元々ハリウッド有数のサラブレッドだったのである。しかしEASY RIDER以前の彼は、フォンダ一家の面汚しであり、ゴク潰しであった。そんな彼がEASY RIDERを撮れたのは、決して偶然ではない。社会的アウトローだったからこそ、アウトローの視点からみたアウトロー映画をつくりえたのである。
偶然だったのは、時代が、そのような映画の出現を待っていたということ。ベトナム戦争下にあった当時のアメリカは、国中が反体制的なムードに包まれていたのだ。時流に敏感なジェーンフォンダは反戦運動家になり、そしてゴク潰しだったピーターフォンダはわずか35万ドルの予算で2000万ドル以上を稼ぎ出すハリウッド期待の星となった。

しかしこの後、ハリウッドで彼が大々的にスポットライトを浴びることは、二度となかった。その姿は、自由を謳歌しながら最後にあっけなく殺されてしまったEASY RIDERのキャプテンアメリカに奇妙に重なる。
もともとこれ一本しか作れない才能だったのか?それとも彼の中に、ハリウッドには迎合できない何かがあるのか。僕は後者だと、思います。

この時代をタイムリーに生きてみたかったですね。何せ僕には、ヒッピーとしての気質は十分あると、昔、姉に言われましたから…鋭いご指摘。゚(ノД`)゚。

自然に出したいなら我慢して下さい こたえは3日後・・・

          【カイテキオリゴ】








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Oさん

以前よく飲んでいたOさんという方がいらっしゃいまして、実はこの方、以前は解体屋さんだったんです。(店舗や住宅の内装工事をする時に、工事に入る前に、壁や什器を壊す仕事)をされていたんですが、知り合いと一緒にうちのお店に訪れてから、来ていただくようになった方なんです。その当時は、仕事の帰りに立ち寄っていただくことが多く、いつも粉塵まみれといった感じでした。

元々、洋服の好きな方でしたから、その仕事に関しては、かなりの不満があったらしく、いつも疲れきった顔で来ていました。ある時期、暫くみないなあ…と思っていたら、電話がかかってきまして「実は俺仕事やめて、アパレルに就職しようと思っているんですけど」「えーそうなんだ、今の時期、探すの結構大変ですよ。大体名前の通ってるようなセレクト系のショップって、ここ数年、求人広告とか出してないと思うよ」「あーそうですよね…」。
それで僕が言ったのは、どこそこで働きたいという気持ちで探すのではなく、とりあえずキャリアを積むつもりで、ステップアップを考えた方が早い、という話でした。僕もひとさまより、大分遅れて社会に出ましたので、当初、アパレルに面接に訪れても、雇ってもらえなかったんんです。
それで考え方を変え、とりあえずどこでもいいから、就職してみようと、ダサ系のアパレルに、最初は勤めたという経緯があったのです。結果的にそのほうが近道だったような気もします。

どうやらその方はアクセサリーの卸業を今は、やっているらしく、慣れない営業畑で、戸惑いもあるようでしたが、表情が全然違うんです。とても晴れやかでした。
その顔をみただけで、ああ良かった…と、なにかこちらまで嬉しい気持ちにさせられました。

帰り際「あ、今度携帯の番号教えますね、変えたんですよ。前の会社の人間からかかってくるのがいやで…逃げるように辞めましたから」
やはり不景気といえど、そういう業界は相変わらずの人手不足のようです。それにしてもそこまで嫌わなくてもと、思いましたが…なんにせよ、よかったです。













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ライダース

実はもう何年も、どんなライダースを買おうか、迷い続けている。

いやその間に勿論3着ほど買った…が結局気に入らなくなり、オクで売るという、不毛な行為をしている。基本的にライダースに保温性は無く、真冬に着てバイクに乗れば、寒い…がそう思いながらも、他人が着ているのをみると、やはり、かっこいい…これにつきる。

選ぶ基準がいくつかある、まず勿論かっこいいこと、それとバイクを降りて街中を歩けるデザイン、そしてやはり保温性。実際に着てバイクに乗って思うのだが、思ったより、運転がしづらい。レザーの質ということもあるが、タイトすぎるのが原因という気がする。
バイク用のレザーに関してプロの後輩の意見も聞いてみる。「いやーバイクに乗って着るという実用性を考えるとワンサイズ大き目の方がいいっすよ。基本的にライダースは小さいつくりですから。」VANSONやラングリッツを扱う、渋谷のショップスタッフのいうことである。恐らく本当でしょう。

問題はこのワンサイズ上というサイズがどの程度かわからない。ジャストサイズの自分の寸法は大体頭に入っている。大きすぎるのを買って失敗したこともあるし、その逆もある。なかなかこれでよしというものがない。それほど微妙なサイジングである。バイク用のライダースは…考えてみれば、レーサーのつなぎにしろ、一般ライダーのつなぎにしろ、オーダーメード…つまりその人用のオンリーワンである。

これから比べたら、ファッション専用(つまり街着専用の)ライダースの、お客様のリクエストにお答えすることなど大した苦労ではない。普通に着た状態でジャストサイズであればOKなのであるから。バイクはその状態で運転しなければならないし、軽い中型クラスならまだしも、230KGのGPZである。聞くところでは、レザーを着ていたために身動きが取れず、馬鹿みたいな場所でたちゴケする人も多数いるらしい。いや実際それもありうるなと、思う今日この頃。

来年までになんとかバイク用のライダースを手に入れねば…時速80KMでスリップダウンした時、痛切に感じました。やっぱりレザーしかないと。

さ、そのためにがんばって働こ。














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運命

皆様は、人の運命というものに対して、どうお考えでしょうか?

僕は子供の頃、優しい両親の元、何不自由なく育ちました。両親と一緒に過ごす時間の何と楽しかったこと…お腹が痛くなるまで笑い、そして腹筋の痛みに耐えられなくなりふと冷静になった瞬間に…なぜ、この人たちが僕の両親で、僕は今ここに存在しているのだろう?そんなことをいつも考えながら育ちました。多くの人は、幼少期に同じ疑問を抱いたことと思います。でも大人になるにつれ、日々の雑事や仕事に追われ、人生ってこんなもの…と自分に言い聞かせて、頑張ってきた…やがて忘却の彼方に沈み、どうでもよいことになっていく。そんな感じではないでしょうか。

僕の場合は、違いました、年を重ねるごとにむしろその疑問は強まっていく、そして本当の意味での、自由とはなんだろう?そういう思いが常にありました。
ある時期まではこう思っていました。大筋で人の運命は決まっている。それから先は、その人の思考パターンや、努力次第でどうとでも変えられる…大方の部分ではあたりかもしれませんが、どうにもならない宿命のようなものは、変えようが無いのかもしれない。
最近になってそう思い始めました。

ある方(カリフォルニア工科大学)が研究されている内容に、人間の脳には自発的なパルスが存在しないという研究結果があります。
脳は身体の各部分に指令を出していますが、自発的に出すパルスは一発も無いのだそうです。全て外部からの刺激に反応しているだけなのです。

つまり自由意志は幻想なのだそうです。一発でも自発的なパルスが出れば、それを自由意志と呼んでもいいでしょうが、今のところ発見されていないのです。

一体どういうことなのか?今まで自分の人生で様々な岐路に立たされたとき、僕らは自分で決断し、自分で物事を決定してきました(と、思い込んでいました)。でも、この学説によれば、それらの事象も、すべて外部からの刺激によって決断させられてきた…もし、そうだとすれば、運命そのものは、予め決められていて、単にそのレールの上を生かされてきたに過ぎない、ということになります。つまり、いくら自由に振舞ってみても、自由は存在しないということになります。

確かに、どうあがいても、努力しても、事態は全く好転せず、それどころかますます泥沼にハマっていくという経験もあります。でもある一定期間が過ぎると、やっていることは大差ないのに、好転しだす…
これなどは、外部刺激による、最も顕著な、事例かと思います。つまり、自分の意思だけではどうにもならない”サムシンググレート”を感ぜずにはいられないこともたくさんあります。

こんなことを考え出してからは、自分の力で出来る限りのことをした後は、なるようにしかならない…本当の意味で、それが自分の運命かもしれない。そう考えています。
これを読んでいる方の中には、いやそんなことは嘘っぱちだ、自分はすべて自分の力で人生を切り開いてきたから今日がある…そうおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
しかしそのすべてが、運命だったとしたら…そう思って生きていくことすらも…

すべてはインターネットのようにネットワークの世界であると思います。流れに乗っていくほうが楽に生きられます。
逆らえば摩擦が生じるだけです。流れに乗っていきましょう…









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アクターズ・スタジオ

Tomcruise NHKで放映されている番組(現在はBSとかでしょうか?)で、ジェームズ・ディーンやマーロン・ブランド、ポール・ニューマンといった数々の名優たちが演技を磨いたアクターズ・スタジオ。
その主要メンバーのひとりで現在ニューヨークの大学でそのノウハウを教えるジェームズ・リプトン氏が、演技や演出を学ぶ学生たちの前で、第一線で活躍中の映画人にインタビューする番組です。



たまに夜更かしをしている時に見ていた番組です。トム・クルーズがゲストのときの話ですが、ショウビズの世界でもトップに位置するハリウッドの名優の生の言葉は、とてもインパクトがあり、初めて見たのは、たまたまTVのチャンネルを変えていたら、この番組に行き当たったという感じですが、思わず時を忘れ、聞き入ってしまい、気がつくと明け方になっていた…



それくらい僕にとっては、演技のことなどよりも、人生を生きていくうえで勉強になる番組です。番組は、その時、訪れた俳優の簡単な、経歴や今までに出演した、映画の裏話、生い立ち、プライベートに至るまで、画面からは知りえない、その人物のキャラクターまでもがわかるような、突っ込んだインタビューも交え、進行する。



昨晩視聴したトム・クルーズは12歳の時に、両親が離婚、母親が3つの仕事を掛け持ちして育ててくれたそうです。そんな母をとても愛しているし、誇りに思うと言っていました。あるクリスマスの時に、うちは貧しいから今年は全員、プレゼントを買うのをやめましょう、その代わり、くじ引きで、ペアになったもの同士が、お互いに自分で書いた詩を交換しましょう、と提案したそうです。その時程、心温まるクリスマスを未だに僕は経験したことが無い…とトムは言いました。



やがて、離婚をした父が、もう余命いくばくも無いとの電話を祖母から受けます。そして離婚に関する話はしないとの、条件付だが、お前に会いたがっている…と。考えた末、母と妹に話し、会いに行きます。ホッケープレイヤーの形をしたオルゴールをおみやげに…(ゼンマイをまくとスティングの曲が流れる)彼の父も彼もポールニューマンの大ファンだそうです。そのオルゴールを見て苦笑いをし、治ったら、一緒にステーキを食いに行こうと言ったそうです。でもそれが、父との最後の再会でした。



彼の父は、家族を失った過ちに気づき、どれだけ自分にとって、大切なものだったかを知ったそうです。そんな父に対し、怒りは全く無く、むしろとても残念だと語っていました。



インタビューの中で、最も印象深い言葉は、「この映画のギャラはとても低かったそうですね。」と司会のジェームズ・リプトンが告げると「確かに今の僕は、裕福かもしれないが、映画の出演をギャラで決めたことは今までに一度たりともない、問題は映画の内容に自分が納得できるかどうかということだ。」これは相当マジに言ってました。この言葉は、他のハリウッド俳優に聞かせたいですね。個人的に一番言いたいのは昨今のデ・ニーロですが…



トム・クルーズはとにかく周囲との和を尊重する俳優のようで、彼と共演したことのある俳優が皆言うのは、「撮影現場にトムがいるとその現場はとても和やかな良いムードになる…不思議な影響力を持った人」だそうです。



全篇を通して、とにかくピュアで真面目、そして勿論ですがポジティブな考え。



やはり彼はスターになるべくしてなった…その資質を持っている、そんな印象を抱きました。彼らのような資質のかけらでも良いから、自分の中に取り込みたい…そんな思いで、この番組を見させていただこうかと思います。
















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小田さん

弊社のメルマにも書きましたが、毎年クリスマスに放送の(例年は25日、今年は23日でした)小田和正のライヴをご覧になられている方いらっしゃいますか?



実は、あの番組のファンなんですが(^^;.トークをしている場面で、「僕は、子供がいないからよくわからないんだけど」と言ったのを聞いて、スゴイ…と思いました。




何がって…よく、子はかすがいとか幸せを運んでくるとかいうじゃないですか。


具体的にどういうことかというと、子供のためを思って、仕事を頑張るということは、何も無い状態に比べ、数倍も踏ん張りが効くんです。




子供のいない人に、別の例を言うと、例えばペットを飼っているとして、そのペットが重い病気で、このまま放っておけば、明日には死んでしまう。その時、人はどうするか、どんな犠牲を払ってでもその最愛のペットを助けようとしますよね。


その時に人が発するパワーは、どんな奇跡をも起こしうる…お金が無ければ、自然とどこからか、治療費が捻出される…本当にそんなことが起こりうるんです…なぜか…そのペットを助けたいという気持ちにはエゴは一切ないからです。




他人のため、社会のためを、思って行動する気持ちには、執着や、エゴはありません。そんな時不思議なパワーが働きます(俗に言うサムシンググレートです)。それと同様に自分ではなく他者に対する無償の愛にはエゴはありませんから…






つまりどうやら人って(宇宙のシステムって)そういう生き物らしいです。自分のためだけに頑張る…と目標設定をしてもその気持ちは長続きしない…皆様も経験済みと思います。




その究極はイエスキリスト、ブッダ、マザーテレサなどの、聖人と言われるような人たち。彼らのような思考をもって行動すると、本人がこうしたいと口に出したことが、どこからか自然とお金や協力者が集まり、実現していったという話です。勿論そこには自分がこうしたいというエゴは一切ありません。






つまり、小田さんのように、子供を持たない方が、あれだけの成功を修め、一般大衆から支持されるのは非常にむずかしいことなんですね。お笑いでいえばタモリでしょうか(笑)


人として一段高いレベルの魂を持って生まれてきた…仕事や社会と結婚しているのと同じことでしょう。






昔、自称「霊界の伝道師」の丹波哲郎が言ってました。「一生、独身で、子供もいない人というのは、我々一般人よりも、ずっとすぐれた魂の持ち主です。なぜならそのための修行(結婚し子供を育てる苦労)は必要ない人だからです。」






僕は恐らく一般人の魂レベルでしょうね、なんとかしてレベルアップしていこうと、日々奮闘しています(^_^;...Oda


白髪やダメージヘアもこれ一本でキレイ染め!≪サスティ≫










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兆しを読む

Bcbj1811 最初に、お断りしますが、映画の宣伝ではありません。座頭市を例にした、以下はとても、深いお話です…





座頭市を、後ろから切ることはできない。



なぜなら彼は兆しを読むプロであるからです。



座頭市に限らず優れた武道家は、相手の動きを予兆するシステムを、身体に確立している。



筋肉と筋と骨がある方向に動くためには、その直前の準備体勢として発生する反対方向への微動。



達人はそれを見逃さない。



兆しを読む極意は、古武道の皆伝書に書かれている。



「感覚を閉ざせ」。あなたは多くを観すぎている…



座頭市が普通の武道家よりも、より多くの兆しを読むのは、このためだ。



蝶が羽をフワッと動かす、空気のかすかな動きは、離れた綿毛をほんの少し動かす。



微かな予兆のあとにくるのは、「凶兆」とは限らず「吉兆」の可能性もある。



人間はサバイバルの歴史から、凶兆を読むことに、慣れすぎてしまった。



座頭市に成れない人のための、世界(宇宙)の秘密…



「凶兆と吉兆は、同じ神の別の名である…」





感覚を閉ざせ…これは、あらゆる武道家が言っていることです。かのブルース・リーの名言にもあります…Don’t Think!Feel!(考えるな、感じるんだ)



深遠な文章です。考えてみませんか。



*一部の文章の引用をご容赦ください。





雑誌やテレビで話題の女性の声から生まれた葉酸サプリ








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ホリエモンとライブドア

恐らく、散々色んな方が、書いてらっしゃると思います。



僕なりの感想ですが、まさに起こるべくして起こった、という感じでしょうか。元々株取引自体は、非常にギャンブル性の高いものだと思っていましたし、ギャンブルと同じ構造で、誰かが得をすれば、誰かが損をする構造なわけです。つまり勝ったからといっても、その他大勢の集団から搾取する行為だと思っています。



そういった状況で利益を出していっても、必ず自分にいずれ跳ね返ってきます。これをブーメランの法則?といいます。良いことも悪いこともその人がした分だけ返ってきます。



堀江社長とその側近は、典型的な悪い例です。側近の方の死に方は裏がある筈ですが



一連の報道を見ていて、過去に堀江社長はかつて、こんなことを言っていました。「愛も人の心も、金で買える。この世の中に買えない物は無い。」と…多分マジでしょう。



基本的にこの考え、思考パターンを変えない限り、彼は何をやっても、いずれ堕ちていく…わかるまでそういう目にあうことになります。



もし今生で理解できなければ、来世でも同じような人生を辿ると思います。



なぜならそれが正しい進化の道筋だから…です。



人を幸福にする成功者、これは永続します。人を不幸にする成功者…これは仮にほんの一時期成功したとしても、必ずいつかは堕ちていきます。



できれば前者でいたいものです。









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JK

4547366016994_m 今、動画で配信されている、ライヴ映像があるんですが、その存在をついこの前知って、チェックしてみたんですが(洋楽のみ)、どうもどれもライヴをやっている会場が、あまりいい環境ではなく、最初の数曲を聴いて、やめてしまいました。



唯一最後まで、聞いたのがジャミロクワイでした。イタリアでのライヴですが、途中、大雨が降り注ぐ中、「oh my god!」の絶叫と共にステージ上をスライディング(^-^;...そしてオーディエンスを奮い立たせるように、「let’s sing together」の呼びかけと共に一体となって、virtual insanityを歌い上げるライヴ…これですよ、ライヴの醍醐味は。



その昔、グランドファンクが行った今や伝説となっている、嵐の後楽園球場(ドームではありません)…台風が接近する豪雨の中、バンドメンバー、オーディエンスもずぶぬれ状態…おまけに落雷で楽器はおろか、会場のライトも真っ暗になり、中断されるも、最後まで帰らなかった人たち。いいです。



一時期、外タレのコンサートに行き倒していた時期が僕にもあります。でも意外といいコンサートって少ないんです。なんか今日は手抜きっぽいなあ…とか、わかっちゃうんですね。そうするとシラケる。最近はめっきりいけなくなってしまいましたが、ライヴ動画配信はまさにそんな我々のような人種のためにも、続けていただきたいです。



この動画をみて、早速、ファンクオデッセイ買いました(^-^;...今更という声が聞こえそうですが…



基本的にジャミロクワイの音楽は、CHIC、KOOL&THE GANG、SLY&THE FAMILYSTONEなどの流を汲む、イギリス版のファンクミュージックだと思います。ここら辺の音楽も好きな僕としては元々好きな流だったんです(ジャンルは拘らずなんでも聞きますが)、バックコーラスに黒人を加えたことで、いっそうそのカラーが濃くなり、ノリはいいものになっています。



そして自然との共生を訴えているようですが…プライベートでは、別注カラーのパープルのカウンタックを乗り回しているとか…矛盾しているようですが、気持ちは痛いほどわかります…僕も早い乗り物は大好きなので。共生は大事だけどこれだけは、やめられない、ということでしょう。



アー早く聞きたい!(*´д`*)
















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日々の気づき、戯言、バイク、車、うちの愚猫共のネタや、自身の精神世界観を加え、更新していきます。

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